会員紹介

富士見の森の中にご自宅とキャンプフィールドを持ち、アウトドアの楽しさはもちろん、その場にあるものを工夫して乗り切る力を教えてくれる、野営家の伊澤さん 

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​名前

伊澤さん 

職種

野営家

移住歴

宮城→東京→全国を転々と→東京→富士見町

プロフィール

宮城県出身。東日本大震災がきっかけとなり「生きたいように生きる」ためサラリーマンから野営家へ。伊澤さんが主催する「週末冒険会」ではアウトドアの楽しさからサバイバル術までを教えている。
 

Q:ご出身はどちらですか?

生まれは宮城県です。21歳でサバイバル・アウトドア・スクールに入校するため東京に行きました。どんな学校かというと、例えば中東に駐在になる商社マンや報道カメラマンが現地でトラブルに遭った時にどうやって生き延びるか、というような危機管理を学ぶ学校です。

卒業生は戦地に行く人もいましたし、ボディガードになる人もいました。この学校の校長はアメリカにあるサバイバル・アウトドア・スクールで学んだ人で、校長自身もミャンマーが軍事政権で抑圧されていたころに、カレン族の義勇兵(ボランティアソルジャー)をしていた人なんです。

Q:そういう学校があることを初めて知りました。命を守るための方法を学ぶんですね。

はい。学校に通いはじめた翌年に阪神・淡路大震災(1995年1月17日)が発生したんです。危機管理に長けている人を探していた日テレ系のTVディレクターと一緒に神戸に入り、震災直後の神戸で3週間ぐらいカメラアシスタントとして取材活動をしました。
神戸から帰ってきてしばらくすると、今度は東京で地下鉄サリン事件(1995年3月20日)が起こりました。まだ捕まっていないオウムの残党がサリンを持って逃げていたとされる時期に同じディレクターとサリン製造プラントだった第七サティアンに行っていたんです。
 

Q:ちょっと想像を絶する経験です。命がけじゃないですか。

そんなことがあった年の春に学校も卒業しちゃって、仕事もないしお金もないから、アルバイト情報誌を見てリゾートアルバイトに行ったんです。住み込みだからお金を使うこともほとんどなくて、めちゃくちゃお金が貯まるんですよ(笑)
群馬の温泉でワーキングホリデーの逆版で「外国人スタッフと一緒に働いて英語も学べる」という謳い文句のバイトがあったので、そこで4ヶ月ほど働いたり、全国のリゾートバイトを転々として3年ぶりに東京に戻ってきました。

Q:命がけの仕事からリゾートバイトへの振り幅がすごいです(笑) 

ですね(笑) その後、経営コンサルの会社がやっていた店舗開発の仕事に就きました。フランチャイズの店舗をどこに作ったら良いか、駅からの人の導線や年齢層などを調べたり、事業計画の中で家賃がおさまるように不動産の交渉をしたりする仕事です。それと同時に週末は長瀞でラフティングガイドの仕事もしていたんです。
 

その頃サバイバル学校の校長から誘われて、学校の経営と防衛関係の専門商社の営業をするようになりました。


当時は新橋で働いていたのですが、東日本大震災(2011年3月11日)が起きました。

地震の日に新橋から歩いて練馬まで帰って、そこからすぐにバイクで17時間かけて宮城の実家まで帰りました。
実家は倒れてはいなかったですが、ガタガタになっていました。翌日実家の車で津波が来た海の方に行ってみたんですけど、子供の頃にプールに行く途中でアイスを買った思い出の商店も家の基礎しか残ってないし、この道の向こうに中学校があったはずなのにわからなくなっているし、同級生の名前も死亡者リストに載っていたり、何もかもリアリティがなくなってしまいました。  

その時に明日生きている保証なんてないって思ったんです。それまでは性格がサラリーマンに向かないと思いつつ働いていたけれど、これからは自由に、生きたいように生きようと。好きな場所に住んで、いつでも行きたいところに行けて、いつでも会いたい人に会えるように生きていきたいと思いました。

タイミング的にちょうど40歳だし、いつかはサラリーマンを辞めたいと思っていたので、起業セミナーに参加しました。 このセミナーは、独立したいんだけど何をやって食べていけるかわからない人を後押しするコンサルティングをしているんです。

 

Q:何をやっていくべきか自分と向き合う時間になるわけですか?

そうそう。 生まれてからこれまでの生い立ち、やってきたこと全部 、子供の頃楽しかったのは何?一番「やった!」っていう達成感のあった経験は?など何十枚ものレポートを書きました。そうやって自分を知ることで、好きなこと、できること、お金になることの三つの輪が重なるところをみつけるんです。アウトドアが好きとか、ラフティングが好きとか、ボーイスカウトやってきたとか、そんな話からやっぱりアウトドアだね、キャンプでやってこう!と決めたんです。

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当時アメブロが全盛期だったのでブログで知名度を上げて見込み客を作ることにしました。1日に1本記事をアップするとして、3ヶ月間分の100本の記事を書き溜めました。徐々に読者がついてきてくれて、そこからホームページに来てもらうように誘導していきました。

Q:伊澤さんのホームページって何回も訪れたくなるっていうか読みたくなるホームページですよね。

ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。

Q:伊澤さんのアウトドアが大好きで熱がある部分と、冷静なマーケティングの部分がうまく噛み合ってるんですね。

店舗開発や商社マンをやってた時にわかったのは商品がいいだけでは売れないってこと。売っていく仕組み、売り方、見せ方などが大切なんです。 

Q:店舗開発で経験していたことが、アウトドア事業にも生かされたんですね。はじめから経営は順調でしたか? 

いや、はじめは知名度もないし、HPの検索にかかるまでも時間かかるし、3年間は食えなかったです。アウトドア事業の収入は全体の収入のうちの10%〜20%でした。 

Q:心折れなかったですか?

特に(笑) 「そのうちなんとかなるんじゃない?」っていう根拠のない自信があって(笑)

Q:今では情熱大陸の取材が来たり、多くの人や時代に求められていますよね。ところで伊澤さんのキャンプ教室で技術以外に伝えていることってありますか? 

メインになっているコースのスマートキャンプラボでは、その場にあるもので何とかする、ないものは工夫して何とかするということを大切にしています。俺は現場力って呼んでるんです。

人間だから予測って完璧にはできないじゃないですか?できるだけ予測をして備えるんだけど、それでもアクシデントが起きたりするんですよね。そんな時にその場所にあるもので何とかする、ないものはその場で作り出したり組み合わせたりする、現場力を身につけて欲しいんです。実はそれがあると、最後にたどり着くのは心の平和なんです。 

Q:えっ?心の平和ですか?

そう!なんとかなるという安心感。不安にならない。大丈夫だ、なんとかなる!と思えるようになるんです。

Q:なんとかなる!が伊澤さんのキーワードですね。

実は今でもそうなんだけど俺はすごくビビリで神経質なんですよ。もしかしてマズイかもと思うことには敏感だから怖がりだし。それは生きていくためのセンサーだから必要なんだけど 、支配されすぎると必要な動きが出来なくなってしまう。予測しすぎて心の不安が拭えないと踏み込めない、 危険があるところに行ってもなんとかなると思えない状況であれば動けない。 

今までやってきた経験やトレーニングや考え方があるから、俺は何とかできるはずだという自信を持てる。

俺はいつも不安でしようがない、そんな子供だったんです。いじめられっ子だったんですよ。 だから強くなろう、強くなりたい、っていう想いがありました。それを克服しようと生きてきたら、こんな感じの人生になりました(笑) 

Q:話は変わりますが、富士見町に住むことになったきっかけは? 

キャンプが自由にできる自分達だけのフィールドが欲しいと思っていろいろ探してたんですよね。たまたま立ち寄った富士見町をすごく気に入ってしまって。南西斜面で広葉樹の森があって理想に近かったんです。何度か来ているうちに、富士見町が銀座NAGANOで移住説明会をやることを知って、そこで森のオフィス代表の津田さんと知り合い、富士見町の移住&テレワーク施策の家賃補助を利用して富士見町に移住してきました。 

Q:最初は賃貸住宅だったんですね。

はい。その後今住んでいる森に出会い、キャンプフィールドと自宅をセルフビルドしました。 

Q:普段の生活スタイルを教えてください。

毎週末は殆どキャンプイベントがあります。平日は森のオフィスに行ってデスクワークする時もあるし、イベントのためのリサーチに出かけたりしています。空いてる時間には薪を割ったり、最近はキャンプフィールドに外トイレを作ったりしています。 

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Q:移住を考えている人たちに何かアドバイスをいただけますか? 

俺は東京の夜のネオンも好きだから2拠点生活するつもりだったんですよ。 家を作ったりコロナがあったりで結局2拠点生活ではなくなったけど。

一世一代の覚悟じゃなく、まずは2拠点生活ぐらいからでいいんじゃないですか?週末遊びに来られる田舎をつくる感じで、気軽な感じで始めるのがいいと思いますよ。夏と冬の違いとか住むことでわかることもあるから。徐々に知り合いを増やしていけばいいと思います。

あとはサラリーマンじゃなくて、好きなことを仕事にしてやっていくっていうのが、田舎暮らしを一番楽しめるんじゃないかな、と思います。現金収入をたくさん稼ごうとするんじゃなくて、ストレスのない生活をしながら都会にいた頃の7割ぐらいの収入で生きていくイメージ。収入は少なくなるかもしれないけど畑で野菜を作ったり、木を切って薪を作ったりということで、生活の豊かさは向上すると思います。

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俺の中で仕事っていうのは生活に関わる物事という位置づけなんですよ。現金収入を得るのは仕事の中の商いの部分で、薪割りも仕事。お金をもらうことだけが仕事ではない。お米を作ったらお金はいらないし、野菜作ったらお金はいらない、お肉が欲しかったら罠をしかけたらいいんじゃない(笑) 薪を割れば燃料になる。これって結局はアウトドアライフに近くなっていく。

Q:伊澤さんにとって、仕事=生活=アウトドアライフっていうことなんですね!もしかしてキレイにまとまったのかな? 

はい、まとまりました!(笑)